東京地方裁判所 昭和44年(モ)9757号 判決 1970年5月19日
東京都文京区弥生二丁目九番六号修道館内(全債権者に共通)
債権者 小林誠司
<ほか三二名>
右債権者三三名訴訟代理人弁護士 安田叡
同 小林英雄
同 塙悟
同 飯田幸光
東京都文京区弥生二丁目九番六号
債務者 財団法人芸備協会
右代表者理事 東谷伝次郎
右訴訟代理人弁護士 池田浩三
同 助川武夫
当裁判所は右当事者間の占有使用妨害禁止等仮処分異議事件について次のとおり判決する。
主文
一、債権者らと債務者間の、当裁判所昭和四四年(ヨ)第三五五八号占有使用妨害禁止等仮処分申請事件につき、当裁判所が昭和四四年四月二三日なした決定はこれを取消す。
二、債権者らの本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。
三、訴訟費用は債権者らの負担とする。
四、本判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
一、当事者双方の求める裁判
(一) 債権者ら
主文第一項記載の決定を認可する、訴訟費用は債務者の負担とするとの判決。
(二) 債務者
主文第一ないし第三項同旨の判決ならびに主文第一項について仮執行の宣言。
二、申請の理由(債権者ら)
(一) 債権者らはいずれも広島県出身で都内もしくは近傍の大学に在学する学生であり、債務者は学生に対する育英事業をなすことを目的とする法人であるが、債務者は右事業の一環として、従前別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)所在地に存した旧建物を利用して修道館の名称で広島県に縁故のある在京学生のための学生寮を運営して来たものであって、昭和四三年八月右建物を取壊した跡地に新たに建築された広島県所有の本件建物を、同県から無償で借受け、これを利用して従前どおり修道館の名で広島県出身の在京学生のための学生寮を運営しているものである。
(二)1 債権者らはいずれも債務者から本件建物のうち別紙居室目録記載の各室および別紙物件目録添付図面赤斜線部分を除く共用部分を賃借ないし使用借して、それぞれ前記居室目録入居年月欄記載のころから居住し右各室および共用部分を占有しているものである。
2 すなわち、債権者らのうち小林誠司、西村良彦、小原一登、永岡正美の四名(以下旧館生という)は、いずれも債務者との間で館費として一ヶ月につき三〇〇円を支払う約束で、前記旧建物を借受け居住していたものであって、本件建物建築のため旧建物を退去するに際し、本件建物完成後はこれを借受けることを約し、昭和四三年八月末ころ本件建物完成後、館費として一ヶ月につき二、〇〇〇円(但し光熱費、水道料、維持費等の共益費を除く建物利用の対価は三〇〇円である)を支払うことを約して、債務者から本件建物に入居することの許諾を得たのであるから、そのころ債務者との間に賃貸借契約が成立したものであり、仮りに右契約が賃貸借にあたらないにしても、現実に本件建物に入居を許された同年九月八日使用貸借が成立したというべきである。
3 右四名を除くその余の債権者ら(以下新館生という)については、債務者から明示の賃貸ないし使用貸の意思表示はなされていないが、従前修道館に於いては実質的な入館者選考権は、債務者から在館学生の組織である館生協議会にゆだねられており、入館者の決定に当っては第一次的に館生協議会が入館予定者を選考し、債務者は右選考を尊重し、館生協議会によって入館予定者とされた者に対し債務者の理事が、単に形式的に面接をして入館を許可するのが通例であり、時には面接すらしないで入館を許可された例も存するところ、新館生らはいずれも前記入居年月欄記載のころ、館生協議会の選考によって入館予定者とされたものであって、これに対し債務者の理事は面接を拒否し面接権を放棄したので、それぞれその頃債務者との間に旧館生と同様の賃貸借ないし使用貸借契約が成立したものである。
(三) 右のとおり債権者らはいずれも債務者との間の賃貸借ないし使用貸借に基づいて本件建物を占有しているところ、債務者は債権者らの占有権原を争い、昭和四四年四月一〇日、同一八日の二度にわたり、債務者理事が多数の暴力団員らと本件建物を訪れ、債権者らに対し即刻本件建物を退去することを求め、その際右暴力団員らは債権者らに対し暴行脅迫におよぶなど、債権者らの本件建物における平穏な学業生活を妨害するに至ったので、債権者らは賃借権ないし使用借権に基づいて妨害排除の本訴を求めるに先立ち、やむなく「債務者は債権者らの本件建物(別紙物件目録添付図面赤斜線部分を除く)に対する占有使用を妨害してはならない」旨の本件仮処分申請をなしたものであり、債務者の基本的態度が変らぬ以上、現在もその脅威は継続しているのであって、本件仮処分申請を認容した原決定は相当であるからその認可を求める。
三、申請の理由に対する答弁および抗弁(債務者)
(一) 答弁
申請の理由(一)記載の事実は認める。
同(二)1記載の事実については債権者らが本件建物を賃借ないし使用借しているとの点を否認しその余は認める。
同(二)2記載の事実中館費のうち三〇〇円が建物利用の対価であって本件建物につき賃貸借契約が成立したとの点を否認し、その余は認める。修道館の館費はすべて、水道料、電気代等在館学生の生活費の一部にあてられるものである。
同(二)3記載の事実については、新館生らについて入館許諾の意思表示をしていないこと、および旧建物のころ修道館においては館生協議会に第一次的な入館予定者の選考を許し、右予定者に対し債務者の理事が面接をして入館を許可して来たことのみを認めその余は否認する。修道館においては旧建物についても最終的な入館者決定権は債務者が有していたものであり、新建物についてはその管理規程上第一次的な入館予定者の選考権すら館生協議会に許していないのであるから、債務者と新館生との間に賃貸借は勿論、使用貸借の成立するいわれはない。
同(三)記載の事実については債務者が債権者らの占有権原を争っていることおよび昭和四四年四月一〇日、同一八日の二度にわたり債務者の理事が数名の者を帯同して本件建物を訪れ、債権者らに対し退去を求める意思表示をしたことのみを認めその余は否認する。債務者の理事が帯同した者は当時の紛争状態から債務者の理事の身辺を保護するため雇い入れたものであって、暴力団員などではなく、債権者らに暴行脅迫を加えたことはない。
(二) 抗弁
債権者らのうち旧館生について成立した使用貸借については、旧館生らが昭和四三年九月九日以降債務者に無断で新館生らを本件建物に入居させ、債務者の本件建物管理権を不当に妨げる行為をなし、使用貸借の基礎となる信頼関係が破壊されるに至ったので、債務者は旧館生らに対し、右事実を解除原因として昭和四四年四月一六日到達の書面をもって右契約を解除する意思表示をなした。
四、抗弁に対する答弁(債権者)
旧館生らが昭和四四年九月九日以降新館生らを入館させたこと、債務者から旧館生に宛てた書面が債務者主張の日に到達した事実は認めるが、右書面の趣旨、内容は否認、その余は争う。
右書面が契約解除の意思表示であるとしても、旧館生らが新館生らを入館させたのは前述のとおり正当な権限、手続に基づいてなしたものであるから、これを理由とする解除は無効である。
なお債務者主張の管理規程は、昭和二四年制定の修道館管理規定所定の手続に違反して制定されたもので、しかも伝統的に確定された館生自治就中館生協議会による入館者選考権を否定するものであるから無効である。
五、疎明関係≪省略≫
理由
一、債権者らはいずれも広島県出身で都内もしくは近傍の大学に在学する学生であり、債務者は学生に対する育英事業をなすことを目的とする法人であって、右事業の一環として従前本件建物所在地に存した旧建物を利用して、修道館の名称で広島県に縁故のある在京学生のための学生寮を運営して来たものであるところ、昭和四三年八月右旧建物を取壊した跡地に新たに建築された広島県所有の本件建物を同県から無償で借受け、これを利用して従前どおり修道館の名で広島県出身の在京学生のための学生寮を運営しているものであること、債権者らがそれぞれ前記居室目録入居年月欄記載のころから、本件建物のうち右目録記載の各室および別紙物件目録添付図面赤斜線部分を除く共用部分を占有していることは当事者間に争いがない。
二、債権者らはいずれも前記各占有部分を右占有開始のころ、債務者から賃借ないし使用借したと主張するのでこの点につき判断する。
(一) はじめに債権者らのうち小林誠司、西村良彦、小原一登、永岡正美ら四名の旧館生について判断する。
右旧館生らは、それぞれ館費として各自月額三〇〇円を支払う約束で債務者から旧建物を借受けて居住していたが、本件建物建築のため旧建物より退去し、改めて、昭和四三年八月末ころ、館費として一人月額二、〇〇〇円を支払う約で債務者から本件建物完成後にこれに入館することの許諾を得、同年九月八日完成した本件建物に現実に入館して、前記各占有部分の占有を開始したこと、および本件建物の館費に光熱費、水道料その他居住者の共益費が含まれていることは当事者間に争いがない。
債権者らは右二、〇〇〇円の館費のうち三〇〇円は本件建物の賃料である旨主張するのでこの点につき検討する。≪証拠省略≫を総合すると、修道館では戦前は居住学生(以下館生という)から支払われる館費に債務者が不足額を補充して光熱費、水道料等の館生の共益費をまかなって来たが、戦後においては昭和二七年に値上げして以来旧建物取壊しまでの間、館生一人につき月額三〇〇円宛徴収した館費に債務者から若干の補助を加えて建物営繕費(年額約九万円)、動産火災保険料(館生一人につき保険金額五万円)備付図書の購入費(年額約一万円)等にあてて来たこと、本件建物の館費として各館生より徴収する月額二、〇〇〇円によって、債務者は光熱費、水道料、電話料および冬期暖房用の灯油代をまかなう計画であり、概算上右館費だけでは若干の不足が見込まれるので、債務者においてその不足額を補助する考えでいること、一方債権者らが右館費のうち三〇〇円を建物使用料にあたるとするのは、現に支出を要する光熱費、水道料等の共益費を概算し、さらに旧建物の館費が三〇〇円であったことに由来するにすぎないこと、本件建物に債権者らが現実に入館し自主管理のもとに共益費として支出した額は、NHK受信料、ガス、電気、水道料、町内会費、トイレットペーパー代のみで合計一ヶ月一人あたり昭和四四年一〇月には約一、一四〇円、同一一月には約一、四〇〇円、同一二月には約一、六〇〇円に上ること、以上の事実が認められるのであって、右によれば、債権者らの負担する館費は本件建物による修道館の運営が正常化した場合には、たかだか共益費、建物の維持費等の一部の分担金に相当するにすぎないものというほかなく、加えて、≪証拠省略≫を総合して疎明される、本件建物は昭和四三年に新築された鉄筋コンクリート造の建物であって、居室は六畳に二段ベッドとロッカーが設備されていてそれぞれ二名の居住が予定されているものであるが、本件建物付近で学生用の貸間を求めるとすれば六畳で少くとも一ヶ月八、〇〇〇円程度の賃料であること、建物設備、居住面積等に若干相違があるにしても最近みられる私人経営の鉄筋コンクリート造りの学生宿泊施設においては二名居住の部屋で一人一ヶ月につき一〇、〇〇〇円以上の賃料(他に管理費として約三、〇〇〇円を支払う)とするものが相当数存すること等の事実を併せ考慮すると、右館費中に本件建物利用の対価たる意義を有する部分が存するものとは到底解し難く、他に右認定を覆えすに足りる資料は存しない。
以上の次第で、旧館生らが債務者から入館を許されて昭和四三年九月八日以降本件建物の各占有部分を現に利用している関係は使用貸借と解するのが相当である。
(二) 次に新館生らについて判断する。
新館生らが本件建物の各占有部分の占有をなした前後において、債務者からその占有につき明示の承諾の意思表示のなかったことは当事者間に争いがない。そこで新館生らについて債務者との間に債務者の明示の意思表示によらないで、賃貸借ないし使用貸借の成立を認めうるか否かにつき判断する。
≪証拠省略≫を総合すると次の事実が一応認められる。即ち修道館はもともと広島県出身の学生が共同して家屋を借受けて合宿し、共同生活を営んだのが始まりで、ついで債務者協会が設立され、その育英事業の一環として修道館の管理運営に参画することになったが、修道館の生い立ちが学生の自発的集まりであったことから、債務者はその運営に当っては、館生の共同生活についても、入館者の決定についても広く館生の自治を尊重し、戦前において、入館者の選考手続は、館生を通じて入館希望者を募り、応募者について館生協議会によってなされた選考結果を債務者の理事に報告し、これに基づき債務者の理事が入館の許否を決する建前となっていたが、館生協議会の選考を通過した者について債務者側が入館を拒否する例は極めて稀であったこと、戦前の修道館の建物は戦災により焼失したため、債務者は戦後旧建物を取得し、これによって修道館を運営するようになったが、依然自治を尊重する方針を維持し、昭和二四年制定の修道館管理規定(甲第一号証、以下旧規定という)においても入館手続について、債務者が広島県に縁故のある学生のなかから入館希望者を募集するが、応募者に対しては先ず館生協議会による選考を許し、その審査の後債務者が許否を決する旨を定めており、事実上は入館希望者の募集を館生が行うことを黙認し、館生協議会の選考を通過した者に対して債務者の理事が面接を行うが、この面接は極めて形式的で、館生協議会による選考通過者の入館を拒否した例は近年存在せず、入館選考手続の実際の運用は殆んど館生協議会に委ねられているに近い状態にあったこと、旧建物は債務者取得当時から老朽化しており、取得後数年でかなりの修築をなし辛じて朽廃を免れていたものの、改築の必要があったため、債務者としては自ら寄付金を募って新建物を建築することを企図したが、結局募金の見通しがたたなかったため、昭和四二年に至って広島県に同県の予算で建築してもらい、その建物を債務者が無償で借受けて学生寮として運営することを計画し、この計画は同県の受入れるところとなって、同年九月には県議会で建築予算の通過をみたので旧建物を取壊すこととなったこと、債務者理事は旧建物取壊しのため館生らに退去を求めるに際し、両者の話合いを通じ、館生らに対し、新建物完成後も新たな選考を経ることなく当時在籍の館生らを引続き入館させるとともに新建物となってもほぼ従前どおり館生の自治を尊重する旨伝え右話合いに基づいて館生らは旧建物を退去し、債務者が他から賃借した家屋に移転した後、旧建物が取壊されて本件建物の建築工事が始ったこと、右工事の進行とともに昭和四三年四月ころから広島県と債務者との間に、本件建物の貸借契約締結に関する話合いが進められ、その過程で契約書中に債務者が広島県に対する債務者の管理運営責任を果すため、同県の承諾のもとに入館資格、入館者選考手続、その他経費、管理に関する事項を定めた管理規程を制定するとの条項が設けられることとなったため、債務者理事らは新たな管理規程の作成について一部館友(修道館館生として学校を卒えた者および中途退館者のうち館友の推薦により館友となるものとがある)および館生にその方針を話し検討をなした結果、一部館生からは従前どおり館生協議会による選考を認めるべきであるとの意見が述べられたものの、本件建物は県有財産であり、これを借受ける以上、債務者の管理責任上、館生の入館、退館等について債務者の責任を明確にする必要があることおよび、債務者の育英事業の目的にかなう学生を選考するためには入館申込書に家庭の資産状況を記入させ、入館申込者に申込書の他に高校長の推薦書、成績書の提出を求めるのが適当であるが、これらの記載事項について秘密保持の必要があることを考慮し、入館選考手続を債務者の理事が直接行う方針を決め、同年六月一八日の理事会の決議によりこのような趣旨に沿った広島県学生寮修道館管理規程(甲第二号証、以下新規程という)を制定し、本件建物の完成も間近となった同年七月二〇日過ぎごろまでに館生らに交付したこと、ついで同二二日、債務者理事は館生らに対し新規程による入館申込書および新規程を遵守する旨の文言を含む誓約事項を記載した誓約書用紙を交付し、本件建物に入館を希望する場合は、右申込書および誓約書の必要事項を記載して提出することを求めたところ、館生らは旧建物退去時には新たな入館手続を必要とすることは告げられていなかったうえ、新規程のうち理事が一方的に入館選考手続を行うこととした部分は、従前の慣行に反し、かつ旧建物退去の際の自治尊重の約束にも反するので同意出来ない旨を債務者理事に告げたが、新規程に従わない以上本件建物への入館を許可することは出来ない旨の、債務者理事の意向が明確にされたため一応前記各用紙を受領し、その後、館生協議会を開くなどして検討を重ねた結果、理事のみによる入館選考手続には賛成できず、本件建物に入館後も館生協議会による入館者選考を債務者に認めさせるよう要求する方針をかためたが、一まず本件建物に入館するための方便として、前記申込書および誓約書を提出することもやむを得ないとの結論に達し、入館希望をとりやめた一名を除いて全員が書類を提出することとして、同年八月二六日一部旅行中の者を除いて全員の書類を取りまとめて債務者に提出したので、債務者は本件建物完成後、館生らに入館を許可する意思表示をなしたこと、債務者は同月三〇日広島県との間で締結した使用貸借契約に基づき、同県からほぼ完成した本件建物の引渡しを受け、工事の完了をまって同年九月八日館生らに現実の入居を許可したこと、これより先本件建物の完成が近づいたころ、債務者は市町村長、学校長等を通じて入館希望者を募り、応募者に対する入館選考のための面接を同月九日本件建物において行うこととして、その旨を応募者に通知していたこと、債務者理事は同月八日入館した館生らに対し右予定を告げ、翌日面接のため受付等の手伝いを依頼し、館生らの承諾を得たので、翌九日午後一時から面接のため修道館に赴いたところ、館生らは受付を依頼されたのを利用して、先に認定した方針に従って、債務者に従前どおり館生協議会による選考を認めさせる手段として、同日の応募者に対する理事の面接前に館生協議会による選考をすることとし、来館した応募者を説得して館生らによる面接選考を開始したため、理事による選考手続を行うことが事実上不可能となり、結局債務者理事は応募者に対する面接をしないで修道館を去ったこと、館生らは右自主選考の後、選考通過者について理事の面接を求めたがこれを拒否されたため、右選考通過者に対し独自に入館を許可してこれらの者を入館させたこと、新館生らの多くは同日の右選考に基づいて入館したものであること、同日以降館生らと債務者との間で幾度か右新館生らの入館ならびに入館者選考権をめぐって話合いがなされたが、債務者は館生協議会に入館者選考権を与えることも、新館生らの入館を許可することもないまま現在に至っていること、以上の事実であって右認定に反する証拠はない。なお、新館生らのうち右同日以降に入居した者は、それぞれその入館のころ、在館学生らの選考を経て入館したものであることは、弁論の全趣旨により認めることができる。上記認定事実を総合すると旧建物当時にあっては債務者は入館者選考手続の実際の運用を館生協議会に委ねたに近い状態にあって、旧規定のうえでも、第一次的な選考を館生協議会に許していたのであるから、債務者が相当の理由がないのに館生協議会による選考を通過した者に対し面接を拒否したような場合には、債務者理事による面接を経ないでも、債務者と館生協議会による選考通過者との間に、貸借関係が成立するに至ると解する余地がないとは言えないが、本件建物については、債務者は新規程上館生らに全く入館者選考権を与えていないのであるから、債務者による明示はもとより、黙示の入館許可の意思表示も認められない新館生らについて、債務者との間に貸借関係が成立するいわれはないものと断ぜざるを得ない。
債権者らは、新規程は旧規定所定の手続に違背し、かつ伝統的に確立された館生自治、就中館生協議会による入館者選考権を否定するものであるから無効である旨主張する。
なるほど前記甲第一号証によれば、旧規定の変更については理事会に館生代表者の出席を求めてその意見を徴することになっていることが認められるにもかかわらず、新規程の制定にあたり右の手続が履践されたことを認めるに足りる資料は存しない。しかしながら、旧規定においても理事会が館生代表者の意見に拘束されるものでないことはその文言上明らかであるうえ、≪証拠省略≫によれば、修道館では従前理事会に館生代表者の出席を求めたことはなく、理事は館生らとの種々の話合いの機会を通じて館生の意見をきいて来たにすぎないことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。その上既に見たとおり、債務者理事は新規程の制定に際し館生らが旧来の入館選考手続を維持して欲しい意向を有していたことは了しながらも、本件建物が旧建物当時とは異なり広島県の所有に属し債務者は新たに同県に対し管理、運営責任を全うすべき立場となったこと、および債務者の事業目的達成のため効果的運営をなす必要を併せ考慮し、結局新規程の制定を要するとしたものであって、右は単に旧規定の変更の域にとどまらず、右新事態に対処するため機宜に適った措置としてなされたものであって、上来説示の経緯に照らし右新規程の制定には相当の理由があるというべきである。よって債権者らの主張は採用のかぎりでない。
三、次に債務者と旧館生らとの間の使用貸借の解除について判断する。
≪証拠省略≫により右使用貸借契約解除の意思表示であると認められる書面が昭和四四年四月一六日旧館生らに到達したことおよび、旧館生らが昭和四二年九月九日以降、新館生らを本件建物に入館させたことは当事者間に争いがない。そして旧館生らに新館生らを入館させる正当な権限の存しなかったことはすでに認定した事実により明らかである。もっとも旧館生らが新館生らを入館させた前認定の経緯を見ると旧建物時代の入館選考手続に関する慣行、旧建物退去に際してなされた館生自治の尊重に関する債務者理事との話合いなどからして、旧館生の立場に同情すべき余地がないではないけれども、旧館生らは本件建物に入館すべく、兎も角も新規程に従うことを約したのであり、右のような経緯を考慮にいれても、旧館生らが債務者の意思に反して、新館生らを入館させ、あくまで館生協議会による入館者選考権の確保を要求して、新館生らをして長期にわたり本件建物を占有させるが如き行為は、使用貸主たる債務者の本件建物管理権を不当に妨げ、使用貸借の基礎となる信頼関係を破壊したものと言うべきである。
してみれば旧館生らと債務者との間の本件建物に関する使用貸借は債務者の契約解除の意思表示の到達した昭和四四年四月一六日をもって解除されたこととなる。
四、以上のとおりであるから、債権者らに本件建物の占有権原が存することを前提とする本件仮処分申請は、被保全権利について疎明がないこととなり、かつ保証をもって疎明にかえることは相当ではないので、債権者らの申請を認容した前記仮処分決定はこれを取消し、本件仮処分申請はこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鈴木潔 裁判官 小田原満知子 裁判官塩谷雄は転任のため署名捺印できない。裁判長裁判官 鈴木潔)
<以下省略>